科学的に割り切れないこと
山折哲雄著「早朝坐禅-凛とした生活のすすめ」(祥伝社新書刊),茂木健一郎・南直哉共著「人は死ぬから生きられる-脳科学者と禅僧の問答」を読みました。この2冊の著書には意外な共通点がありました。山折さんは人間の生命は近代的な合理主義だけでは理解できないと断言します。DNAは科学的に証明されているが実感はない,一方魂というものを科学的に証明できないが,存在を実感することができる,という内容です。脳科学者として有名な茂木さんも「クオリア」「仮想」「偶有性」という言葉を使って脳と心の関係を説明しようとしていますが,南さんとの対談で,科学という枠からはみ出していることを自ら語っています。リアリティのあるものを科学という枠でとらえようとすると,とらえきれない部分が出てきます。1+1は2とはっきりいえるものばかりではありません。数値化できないものばかりと言ってもいいかもしれません。
山折さんは食育や生きる力についても本質的なことを書いています。バランス良く食べることばかりでなく,食べないことについてなぜ教えないか?生きることだけでなく死ぬことについて殺さないことについて教えないことなどに日本の公教育の限界を感じているようです。情報モラル教育についても同じような根っこがあるように感じました。
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