察する心とは2
5年目研修の指導案を再検討していました。先日検討したことを参考に,授業者の先生が6年生の学級で授業をしました。
「察する心」とは,相手の立場に立ち,視点を変えて考える思いやりの心であると定義をしましたが,子どもにそれを伝えるには分かりやすい言葉が必要です。それを「マナー」という言葉で表します。では,「マナー」とは何か?それを子どもに共通理解させた上で授業をしないと,同じスタートラインに立てません。そこで,マナーとは「みんなが気持ちよく過ごせるようにする心遣い」と話し,ルールとは違うんだということを確かめることにしました。
授業者によると,マナーという言葉の再確認は有効だったようで,ともすると,自分が気を付けるようなことを発言しがちな子どもを軌道修正しやすかったそうです。
エスカレーターでの若者と老人の気持ちを察する場面では,「エスカレーターの右側は急ぐ人専用」というような若者の考え方はできるけれども,「エスカレーターは止まって乗る物なのに,歩くなんて迷惑だ」という老人の気持ちはなかなかでなかったとのことでした。
マナーだと思っていたことが,実はマナーではない,人のためと言いながら強制しているなど,いろいろと微妙な問題をはらんでいますが,その微妙な部分について大いに迷い,考えさせることが,「察する心」につながるような気がします。授業本番が楽しみになりました。
| 固定リンク


コメント